雨が降ったり止んだりしっとりとした梅雨空の7月1日。
東京チェンソーズも創業してから丸11年。
小嶋工務店でのTOKYOWOOD着工式に出席した帰りに檜原村役場のカフェに寄りました。
毎年この時期に改めて思うのですが、日頃のご愛顧に感謝したいなと。
創業して10年そこそこのちっぽけな会社に多くの方々が手を差し伸べてくれます。
そして、気持ち良くお付き合いをしてくれています。
皆さまありがとうございます。
また、自然と創業当初の気持ちはどんなだったかなと思い起こします。自分は何をしたかったんだっけなと。
社長になり、高級な家に住み(気持ちのいい家には住んでます。)、高級な車に乗りたかったんだっけな(古いけどいい車に乗ってます。)とか、高級な物を飲み食いしたかった(檜原村の新鮮な野菜やカミさんの美味しい料理を食べています。)のか。
いやいや、別にそんなことのために無能なくせに背伸びして起業したわけではなくて、学生時代に見た世界中の豊かな自然を今以上に壊さずに残しながらも、より良い暮らしにつなげていきたい。そして気持ちよく前向きに自然の中で働きたいとシンプルに思ったわけです。日本の林業の復活は、そんな思いを叶えてくれるきっかけになるのではないかと。
しかしながら、今の林業界にはまだまだ成功事例が少なすぎるように感じています。国の政策にうまく乗って一時期ポッと大きく成長するような事例はありますが、持続的に地に足がついたような形での成功事例はまだまだ少ないのではないでしょうか。
この檜原村で生まれた小さな林業会社も、東京という地の利を生かせば成功する可能性は高いはずです。それでも11年経ってもまだ胸を張って成功事例と言えないもどかしさに苛まれることもありますが、泥臭くできることからコツコツやるしかありません。
5年後10年後に今と同じ課題で愚痴も言いたくないので、日々0.1mmでもいいから少しでも前に前に進みたいと思うのです。
そのようにあがいて、もし檜原村で林業が成り立つことができれば、昔のように、そこでは老若男女問わず多くの人たちが気持ちよく働き、気持ちよく飲み食い、気持ちよく暮らしているだろうなと想像できます。今でこそ、過疎化と言われていますが、そこで働く人たちが増えれば、その森林資源が今以上に活かされてきます。街にも木が溢れ、街にいても気持ちよく暮らすことができます。山に人の手が入れば、川もよりきれいになり、海もより豊かになっていきます。
最近、2050年の東京について話し合うような会議に出席させていただく機会もいただきました。そのとき考えたことは、2050年の東京にはきっと手入れが行き届いた樹齢100年近い森林が広がっているだろうなということ。木のない外国から日本に来た観光客は真っ先に東京の森林に足を運ぶのではないでしょうか。さらに言えば、今生まれた子どもたちが寿命を全うするときには22世紀の東京があり、そこには樹齢150年近い森林が広がっているということになります。
そのような東京を世界中の人たちはどのように見て、どのような影響を受けるのでしょうか。
キレイゴトの妄想もここまで行くと、病気かなと心配しますが、そんなことを考えながらできる仕事って素敵だなと再認識しています。そして、そのキレイゴトを実現するための仕事につきあってくれている仲間に感謝しながら、今日の創業記念日を迎えました。