梅雨に入り、雨が続くと気分も塞ぎがちになりますね。 特に現場に出ている社員は、休むほどの雨でなかったりすると、中途半端に濡れながら仕事をするので、疲労も蓄積します。 そのかわり、スカッと晴れるといつもの何倍も気持ちよかったり! まさに、自然相手の仕事の良さでもあり辛さでもあります。 先日は、夏至でした。 一年で一番昼間が長い日。 夜、事務所で仕事をして暗くなったから帰ろうなんて思っていると、20時頃だったり。 街で働いている人からすると、20時なんて昼のうちと言われそうですが、 当社の行動指針は、社員の健康と安全第一。 早く帰って家族と過ごす時間を大事にしなければなりません。 今はホタルも見頃ですしね。 さて、前回は東京美林倶楽部の企画が思いつくまでの話をしました。 木田からは、淡々と書きすぎだから、もっと熱い感じでいけと言われましたが、過去の話なのでなかなか熱っぽくは書きづらいので、ほどほどで。。。 なんだか回顧録になってしまってますが。 ブログなんて、久しく遠ざかっていたので、ご了承ください。。。 「補助金のみに頼らない林業」って、本当に難しい。その解決にはならないかもしれないけど、「東京美林倶楽部」は次につながる一歩にはなるのでは! そんな心意気でひとり興奮し、 まずは、その企画をコンサル出身の吉田に説明。興奮が乗り移ったであろう吉田があっという間にパワポ資料に落とし込んでくれました。(自分では思うようにできないので) そのパーフェクトな資料をもとに、事あるごとに多くの方に説明し、様々な意見をいただきました。 意外と女性の方は賛同してくれることが多く、とても励みになりましたが、 男性のほとんどは、「いいね!でも〜〜〜」 否定的な意見が多かったです。 「ひとり5万円いただければ、丁寧に良い山が作れて、思いのこもった木をお客様に使っていただき、喜んでいただけるんです。」 と言えば、 「いまどき、タダでも森づくりに関われるのに、そんなお金出すはずないじゃない!!」 と返ってくる。 「最初にお金をいただく」と言えば、 業界関係者からは 「緑のオーナー制度じゃないの?」「分収林事業の失敗を知らないの?」 と突っ込まれることもしばしば。 「イヤ、将来の収益を約束するのではなく、30年かけて一緒に木を育てるストーリーに光を当ててるんです。」 と説明しても、納得していただけないことも多々ありました。 ただ、、、そういう風に言われると嬉しくなってしまうんですよね。 東京みたいな小さな林業地は、他者がやらないことをやらなければ勝負できない。 ニーズは必ずあると思い込んでいるので、否定されるということは他者がやらないこと。 じゃあ、やってやろうとなるわけです。 外で、そんなことに時間を費やしているうちに、 社内でも「現場にもろくに出ないで、いつまで言ってるだろう、やってるんだろう!?」という懐疑的な雰囲気になることも度々ありましたが、 みんな辛抱強く我慢してくれていたのが救いでした。 自分は「言霊」という言葉が好きで、「話し続ければ実現する」という信念(残念ながら勝手な思い込み)を持っています。 それでも、なかなか実行に移せない日が続きました。 そんな時、社内で現場向けの新人を採用しようということになり、東京都の地域人材育成事業(その後、地域人づくり事業に改名)を活用し、募集を開始しました。 目的は現場で動けそうな人材を発掘するということでしたので、そのような視点で、履歴書を吟味していました。 いくつかある履歴書の中に、気になる経歴を発見! 大手旅行代理店系列の広告代理店で、経営計画の立案や幹部としてのキャリアを積んでいる方でした。年齢的にも経験的にも現場には難しいかなという感じでしたが、一度会ってみたいと感じさせる内容でした。 実際に面接当日にお会いした際、プレゼン資料を持参し、自分が東京チェンソーズで何をしたいのか、何ができるのかということを熱心に話してくれました。それが青柳との出会いでした。 この時の面接では、結果的に現場で活躍しそうな飯塚を採用したわけですが、そのまま不採用で終わってしまうのではなく、できればもっと話をしてみたいと思っていました。 当時の社員は、平均年齢も若く、みんな情熱的なタイプ、勢いはありました。その反面、冷静沈着コツコツタイプは不在で、雰囲気は学生気分が抜けない、そんな不安定な状態に一抹の不安も感じていました。 そんな社内状況において、「東京美林倶楽部」を実現できるとすれば、 厳しい社会で長年働いてきた青柳のような経験と実行力のはず。 また、東京チェンソーズが「集団」から「会社」という組織に移行できるとすれば、この人しかいないと思い、 紆余曲折を経て、緑の雇用生(トライアル雇用)としての採用を決断しました。 この辺りは、「青柳日記」をご覧ください。 「東京美林倶楽部」を実行するためには、どうしても東京チェンソーズの成長(単なる集団組織からの脱皮)が必要でした。 そのひとつのきっかけとして選んだのが、「東京都経営革新計画」。 青柳が入る前に商工会を通じて資料をもらっていたのですが、まったく手付かず状態。 青柳の最初の仕事になりました。 この経営革新計画を通すために、青柳のみならず、商工会の担当者に骨を折って、折って、折ってもらい、様々な分野の専門家(エキスパートバンクの活用)をご紹介いただき、客観的な意見を取り入れることができました。 時には、専門家の厳しい意見に反発し、ギクシャクするようなこともありました。 しかし、そのような会合を積み重ねることで、「東京美林倶楽部」が徐々に形作られていき、 若者だけの林業会社では、越えられなかったであろう壁を、 青柳は見事に越え、「東京美林倶楽部」を通じた東京チェンソーズの経営計画が「東京都の経営革新計画」として認定されることができました。 そこまでこぎつけはしましたが、はたして会員が集まるのか!?と心配する声は、社内外からありました。 そんな声をよそに、第1期の100口の募集に対し、99口のご応募をいただき、 また、5名の方が寄付会員として後方支援に名前を連ね、 無事に「東京美林倶楽部」はスタートすることができました。 50年、100年、またはそれ以上の長い年月でモノを考える林業という産業では当たり前のことかもしれませんが、 この「東京美林倶楽部」を通じ、街の方々にも「自分やこども、孫の木を育てる幸せ」、「木を育てる難しさや厳しさ」、「東京に美しい山をつくる30年のストーリー」を一緒に共有しながら同じ時間を過ごせたら素敵だなと思っています。 また、その30年のお付き合いの中で、「東京の木」の魅力をお伝えしていきたいとも思っています。 ただいま、ひっそりと第2期の募集も開始しています。 皆様のご参加をお待ちしています。 IMG_2166