青木ブログ

地球の幸せのために

今(20:02)、秋川駅前のコメダ珈琲で、「たっぷりブレンドコーヒー」を飲みながら、このブログを書いてます。
喫茶店としては、少し明るすぎる店内。女性客は友達連れでおしゃべりが盛ん。男性客はパソコンパチパチや本を読む人が多いみたい。
前回のブログから2ヶ月と1週間。広報の木田からの指令は、2回/月。しっかりとローテーションを守っている社員のみんなには言い訳のしようもない。。。
もし、言い訳をさせていただけるとしたら、、、ブログを書くセンスがあるわけでもないので、それなりにまとまった時間が必要なんだけど、家に帰れば家族の時間。家での優先順位は、①妻との会話②マルコ(犬)の散歩③仕事となるため、なかなかブログまでたどり着かない。ただ、今日は妻が所用で都内に出かけ、帰りは駅まで迎えに行く約束になっているため、妻が帰ってくるまで時間ができたという訳なんです。

2006年の6月。
その頃から、会社としてはブログを始めていました。ほとんど木田が書いていましたが。。。
理由は、東京チェンソーズ創業前に会社として以下の方針を立てたから。山のいまを伝えるという部分。

東京の木の下で
地球の幸せのために
山のいまを伝え
きれいな水と空気を再生し
持続可能な森林(もり)を育みます

でも、この中で一番大事なのは2行目。
究極的には、会社の事業が「地球の幸せ」に通じなければならないんです。
社内外でも不評だったりするこのフレーズ。
今年の7月からのホームページリニューアルにともない、一部改定。
「イメージが曖昧」「もっと具体的でないとイメージができない」などなど、ごもっともな意見が飛び交う中、
結局のところ、改定後は以下の通り。かろうじて、「地球の幸せのために」を死守しました。

東京の木の下で
地球の幸せのために、
山のいまを伝え、
美しい森林を育み、活かし、届けます。

東京チェンソーズが、将来にわたって究極的に何を目指すのか。
もちろん事業内容は時代の流れに応じて、変わることもあるでしょう。
しかし、そのど真ん中の大黒柱は変わってはならないのです。
そこが変わってしまっては、東京チェンソーズではなくなってしまうからです。
それが、「地球の幸せのために」なのです。

もともと、私が林業の世界に入り、様々な本や経験からこれまでの林業の可能性と限界を感じたりしていました。
しかし、揺るがないもの。それは、林業のシンプルな循環。
「木を植えて」
「木を育て」
「木を使う」
そして、また「木を植えて」、「木を育て」、「木を使う」
資源を再生産することができる「林業」という産業にとても魅力を感じました。
今、世の中に存在する資源は限りあるものが多い中、とても貴重な宝だと確信したのです。

私が子供の頃の日本は、今よりもう少し自然が豊かだったように思いますが、少しずつ変化していた時期でもありました。
大阪にいた頃の田んぼには、カブトエビやゲンゴロウ、タガメなどが泳いでいました。
フナやタナゴが住む小川は護岸され、まっすぐになってしまいました。
釣りのポイントがなくなってしまいショックを受けたことは、今でも忘れられません。

学生時代に何度も訪れたモンゴル。目的は未知の洞窟を発見するというものでしたが、その探検の合間に
ゲルというとても小さな住居で身を寄せ合って暮らすモンゴル人の、そのシンプルできれいな生活に触れる機会もありました。
馬に乗り、羊を飼い、燃料はヤクなどの家畜の糞(中身は草)。木が少ないため、乾燥したモンゴルならではの燃料です。
もしかしたら日本的にはキレイとは言えないかもしれませんが、モンゴルの鼻垂れ小僧の顔は輝いていました。
空気は澄み、星空は最高。そんな星空を見ながら、用を足すと、まさに地球と一体になった気分でした。
しかし、そんなモンゴルも近年様々な鉱物が発見され、近代化の波が容赦なく押し寄せているそうです。

1994年に農大探検部の先輩たちが発見したメコン川源流
そのメコン川(中国名:欄滄江)の源流をボートで下ろうと向かった1999年のチベットでは、やはり探検の合間に訪れた村で、地元民の生活に触れることができました。
チベットでは残り少ない貴重な木材で建てられた二階建ての家に住み、一階には仕事場と豚の部屋。豚の部屋の上(二階)にトイレがあり、人の糞を豚が食べていました。
ここでも、いつ風呂に入ったかもわからないような老若男女が暮らしていましたが、とてもキレイな生活をしていました。
きっと昔の日本もこうだったのだろうと容易に想像ができました。
そんなメコン川源流にもダムができようとしていて、その建設中のダムがこの時の川下りのゴールとなってしまいました。
ちなみに、様々な探検家や冒険家などの報告会の場である地平線会議ではそんなリアルな話が聞けるので、興味のある若者にはオススメです。

軽々と環境問題というキーワードについて触れることはできないですが、
あの震災の直後は節電が合言葉だったのにいつの間にかネオンは復活し(ほどよいネオン街は好き。明るすぎるのが問題なのです。)、LEDでエコとは言え、クリスマスは少し煌びやか過ぎる気が。
次から次へと新しいエコな車が登場し、その製造に使われる非エコな部分には目を瞑っているように見える。
リサイクルというけれど、そのリサイクルにどれだけの電気が使われているのかわからない。
せっかく一台の車が生まれたのなら、その車を使い倒せばいいのに、、、何て思っちゃたりします。
でも、実は新しい車とか大好きなんだったりして、本当はマツダの新型ロードスターとか乗りたいんですけど。
その製造コストのこと、というか巷に溢れている中古車のことを考えると、中古車を長く乗ろうかなと考えちゃう貧乏性。
そう考えると、中古車がカッコよく見えちゃったりするんですよね。

モンゴルやチベットに限らず、当時の中国も電気や水が当たり前ではなく、とても大事に使っていて、その生活はシンプルで効率的。電気が来る時は電気で生活し、停電するとロウソクで生活。暖かいお湯が出る時にシャワーを浴び、タイミングを逃すと冷たい水か、水も出ない有様。

ここで、コメダ珈琲が閉店(23:00)。気づいたら最後の客でした。
3時間かけてこの有様。本当に嫌になります。
仕方ないので、武蔵五日市のファミマへ移動することに。
途中、前を走るPOLICEの反射文字。ノロノロ走っているので、二車線道路になった瞬間に追い抜くと回転灯が点滅。
ドキッとしたが、単に福生警察領内から五日市警察領内に入ったからだと思う(たぶん)が、いい気はしない。
檜原村ではなく、街に住んでいたらそのまま飲みに行きたいところだけど我慢する。

先月10月19日の毎日新聞の記事。
実は、おおっぴらには言えないけれども(お世話になっているので)、メディアというものがあまり好きではなくて、
大手の新聞やテレビなどの媒体は、なんとなく報道に偏りがあるような気がして、あまり一方的に信用できないというか。
元々、自分が見たものでないと信用できないという性分なんですよね。それなら、新聞を取らなければいいもんだけど、
ある日、そんな思いからその毎日新聞を取ることをやめようと、「檜原村の青木ですけれども」と電話したら、「東京チェンソーズの青木さんですよね」と言われてしまい、新聞取るの止めますと言いそびれてしまう始末。
でも、その毎日新聞に載っていた記事を妻が見つけてくれました。
風知草」という毎週月曜日に掲載される記事でした。そこには、このように書かれていました。

資本とは、20世紀の常識に従えば、製品を生み出す工場、機械、インフラ、カネである。だが、ポスト工業化社会の今日、人はしばしば製品より快適な環境に価値を見いだす。だとすれば、従来、経済学では顧みられなかった河川、森林、野生生物などの価値を「自然資本」と位置づけていい・・・・・・。
「自然資本」は2012年に出た国連「包括的な豊かさに関する報告書」の重要な柱である。自然が破壊され尽くされず、むしろ維持され、成長しているーという価値尺度において、日本は国連統計の最高ランクに位置している。

なるほど、恥ずかしながら初めて「自然資本」という言葉を知った。いや、もしかしたらどこかで目にはしていたかもしれないが、気にはとまらなかったのかもしれない。この記事の意図したものとは違うかもしれないが、GDPで経済を測る時代から、自然資本で価値を測るような時代が来たら、生活はもっとシンプルになるかもしれない。
大規模な工場で大量の電気を使って作られる使い勝手の良い便利な新建材ではなく、地元の木で、地元の小さな製材所で作られ、そのまま近くの地域で使われる。自分の領域内で収まる生活。そんなことが当たり前に評価される時代。

昨年、檜原村で中古住宅付きの土地を取得し、やはり車の考えと一緒で、中古住宅を直して住もうとしたが、残念ながら盛り土のため地盤が沈下していて、家が傾いていた。最初から気付いてはいたけれど、なんとか住めると思って購入したが、建築家や大工の勧めもあり、解体することに。
そして、せっかく新しく建てるなら、地元の木で、地元の製材所で製材してもらい、地元の大工に建ててもらうことで、「木の家を建てる」「木の家に住む」ということを実践してみることを決断。何事もやってみないとわからない。まさか、林業マンが新建材の家に住むわけにはいかないですよね。それにしても、古い家を解体し、地盤を直し、新しく家を建てるということに3000万近くの借金をすることは決してシンプルではない気がする。自分の領域を出てしまっている感覚。初めての借金なんです。(実はいろいろあってまだローンが組めてないけど)
本当は、安い古ぼけたアパートに住み、銭湯に通う南こうせつの「神田川」のような暮らしが理想だけども、残念ながら誰からも賛同の声が上がらないので、これは老後の楽しみに取っておくことにする。

私が妻と結婚した時、唯一約束したこと。
「きれいなものを見せてあげる」
結婚式も挙げなかったので、特に儀式的なことはなかったけれども、これが唯一の約束でした。
結婚してから、妻とふたりで(たまにはマルコも一緒に)テントや寝袋をザックや車に積み込み、普段は見ることができないような美しい場所へ行きました。
未来の子供達が豊かな自然の中で思う存分遊べるか、綺麗な景色を見続けることができるかということはとても大事なことだと私自身は考えます。

とうとう、終電の時間。武蔵五日市駅に向かう時間です。
なんか中途半端になってしまいましたが、いろんなことを言いつつも、夜でも明るいファミマでインターネットの恩恵を受けながら、このブログを書きました。
世の中複雑なので、なかなかひと筋縄ではいかなそうですが、まずは自分にできること。
自分が信じたこと、「美しい森林を育み、活かし、届ける」ということが「地球の幸せ」に通じるということを実現したいと思います。

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